好きなものは好きと
言える気持ち 抱きしめてたい

槇原敬之の「どんなときも。」


この歌詞さ、
好きなモノを好きと言える勇気がなかった人にしか、書けない詩だよね。
そして、それを抱きしめる勇気を持てるようになったからこそ、書ける歌詞。

だからこそ、わたしの胸には、グッとくる



* * *



わたしも、好きなモノを好きと、
言える勇気のない人でした。


本当は音楽が大好きで、ライブに行ったり地方まで遠征したり
それがものすごくしあわせなことだったのに・・・

そんなことをしている自分のことをずっとひた隠しにしていました。
どうしても、人に言いたくなかったんです。


ジャニーズの追っかけじゃあるまいし!って、思っていたし、本当は身がよじれるほどしあわせなら、それをそのまま受け止めてあげていれば良かったんだけど、それでもわたしの中で、「趣味に生きる人なんて、カッコ悪い」「仕事で活躍している人こそ、カッコいい」って、本当にずっと思っていたんです。


だから、ライブに行って、わーきゃー騒いでいる自分のことを認められなかったし、人に言いたくなかった。ホントは、ずっと叫んでいたのにね。

私の中のわたしが、「こんなわたしも認めてよ!」って、ずっと叫んでいたのに・・・
その声をわたしは、ずっとずっと、無視し続けていた



* * *



でも、
友だちは言ってくれていたんだ

「そんな風に夢中になれるものがあるのって、羨ましいよ。
仕事で活躍している人もすごいけど、
ニナちゃんはニナちゃんで、そんなに人生を楽しんでいるじゃん」って


そういう風に言ってくれていたのにね。
でもわたしは、本当に嫌だったんだぁ・・・

本当のわたしはこんなんじゃ、ないのに!って・・・
わたしだけがわたしを、ずっと拒絶してたんだ




でもね、オモシロイことにこの、
ぜったいに認めたくない自分のことを「これもわたしだよね」と認めてあげることで、
わたしは信じられないくらい、自分が解き放たれて行くのがわかった

どんどん、自分が楽になって行く感じ
どんどん、あぁ、わたし、コレでいいんだ、って思える感じ




認める、って、どうやってやったかというと、
あるとき、Facebookに投稿したんだよね

東京までライブに行って、信じられないくらいしあわせに包まれてね、
帰りの飛行機の中から東京の夜景を見ていたら
「もう東京中を抱きしめたい!」って思うほどしあわせだったから
それをそのまま投稿したの


つまり、ぜったいに隠しておきたかったライブに行っている自分を
思い切って、さらしてみたの


そうしたら、みんなはわたしが思って言う以上に、
というか、気にしていたのはわたしだけで
みんな自然と受け入れてくれているような気がして・・・


あのときにわたしは思ったんだ
「あぁ、何かがはがれ落ちて行く気がするな」って・・・



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もしも今、苦しい人がいたら、
それはきっと、あなたがあなたを拒絶しているから

環境が、とか、
親が、夫が、上司が、って関係ない

あなたが『あなた』を拒絶しているの
だからもし、あなたがあなたを心から祝福できるようになったなら
すべてから解放される日が訪れる


だからわたしは、

わたしがわたしを祝福できますように
そして、あなたが『あなた』を祝福できますように・・・

そう心から、願っています



Nina*



写真:luxt design